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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)34号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を三〇日と定める。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた判決

一  原告

特許庁が、平成五年審判第一七六〇九号事件について、平成七年八月三〇日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二  当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五七年五月一四日にスペイン国においてした実用新案登録出願第二六五一七四号に基づく優先権を主張して、昭和五八年五月一三日、名称を「音楽キャラメルとする考案につき実用新案登録出願をした(同年実用新案登録願第七〇六四五号)後、平成三年五月三一日、同出願を意匠登録出願に変更して、意匠に係る物品を「笛付キャラメル」とし、形態を別添審決書写し別紙第一のとおりとする意匠登録出願(平成三年意匠登録願第一六〇〇八号)をしたが、平成五年四月三〇日に拒絶査定を受けたので、同年九月一日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成五年審判第一七六〇九号事件として審理したうえ、平成七年八月三〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年一一月八日、原告に送達された。

二  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、パリ条約に基づき、第一国における実用新案登録出願に基づく優先権を主張して、わが国に実用新案登録出願をした後、意匠登録出願に出願変更をした場合の優先期間は、第一国の出願日から六か月とするのが妥当であるとし、そうすると、本願意匠登録出願は、第一国の出願から六か月の優先期間が過ぎてわが国に出願されたものであるから、優先権の効果が認められず、本願意匠は、昭和五七年一二月一日にスペイン国特許庁が発行した特許、実用新案公報七一九八頁所載の出願番号第二六五一七四(二)に記載された意匠(以下「引用意匠」という。)に類似するものと認められるので、意匠法第三条第一項第三号に規定する意匠に該当し、意匠登録を受けることはできないとした。

第三  原告主張の審決取消事由の要点

本願意匠登録出願は、スペイン国における実用新案登録出願に基づく優先権の主張の効力を保持するものであって、その出願日は、同実用新案登録出願の日である昭和五七年五月一四日と看做されるから、審決引用の引用意匠は、本願出願前に頒布された刊行物記載の意匠ということはできない。審決は、法令及びパリ条約の解釈を誤って、本願意匠登録出願に優先権主張の効力が及ばないと判断し、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

一  意匠法一三条二項(平成五年法律第二六号による改正前のもの、以下同じ。)の出願変更については、同条四項(同前)により同法一〇条の二第三項(平成六年法律第一一六号による改正前のもの、以下同じ。)の意匠登録出願の分割に関する規定が準用されているところ、同項本文の「新たな意匠登録出願は、もとの意匠登録出願の時にしたものとみなす」とは、新たな意匠登録出願という願書提出行為をしたという事実がもとの意匠登録出願の日にあったと扱うということではなく、法的な効果として、新たな意匠登録出願の出願日をもとの意匠登録出願の日に遡及して扱うとの意味である。

他方、同項ただし書は、「ただし、……第十五条第一項において準用する特許法……第四十三条第一項及び第二項……の規定の適用についてはこの限りでない。」と規定し、この特許法四三条一項は、パリ条約四条D(1)により優先権の主張をしようとするものは、その旨並びに最初に出願等をしたパリ条約の同盟国の国名及び出願の年月日を記載した書面(以下「優先権主張書面」という。)を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない旨を定めているが、ここでいう「特許出願」とは、「特許出願の時」の意味ではなく、「願書提出行為」を意味し、したがって、「特許出願と同時に」とは「特許出願という出願人の行為のときに」という意味に解すべきである。

そうすると、意匠法一〇条の二第一項の意匠登録出願の分割又は同条三項を準用する同法一三条二項の出願変更について、特許法四三条一項の適用を前提とするのであれば、その分割出願又は変更出願の願書提出行為の際に優先権主張をすべきことになるから、意匠法一〇条の二第三項ただし書において、「ただし、……第十五条第一項において準用する特許法……第四十三条第一項及び第二項の規定の適用についてはこの限りでない。」という優先権主張の時期についての特別の定めを改めてする必要はないはずである。にもかかわらず、意匠法一〇条の二第三項ただし書が、特許法四三条一項の規定の適用については、この限りでない、と規定していることからすると、同項ただし書は、単に優先権主張の時期を問題としているのではなく、優先権主張書面を特許庁長官に提出しなければならないとした特許法四三条一項全体の趣旨を排除したもの、すなわち、改めて優先権主張をしなくともよい旨を定めたものと考えなければならない。したがって、意匠登録出願への出願変更に際し、既にもとの実用新案登録出願において優先権主張書面を特許庁長官に提出してある出願人は、改めて優先権主張書面を提出することなく、出願変更に伴う意匠登録出願についても優先権主張の利益が維持されているものと解すべきである。

原告は、昭和五八年五月一三日にした実用新案登録出願(昭和五八年実用新案登録願第七〇六四五号)において適式に優先権主張を行っているから、本件の出願変更に伴って改めて優先権主張をすることを要しないで、優先権主張の効力を保持するものである。

二(1) 被告は、出願変更に伴う意匠登録出願は、もとの実用新案登録出願とは別個独立の新たな出願であると主張し、その理由として、出願変更があったときは、もとの出願が取り下げられたものとみなされること、及び意匠登録出願に対する審査手続が実用新案登録出願に関する審査手続とは無関係に進められることを挙げる。

しかし、審査手続が新たに行われるのは、もとの出願と異なる法により異なる権利を請求するものであることから生ずることであり、また、もとの出願が取り下げられたものとみなされるのは、そうしないと、出願人が関心を失った出願について拒絶査定等の手続を経る手間が生ずるからである。被告主張のようなことから、手続全体を射程距離とする出願変更の性質を導き出すことは概念の定め方として不正確であり、誤りを生ずることになる。優先権主張に関しては、実用新案登録出願における効果を意匠登録出願が引き継いでいるのである。

(2) 被告は、優先権主張により新規性等の判断において有利な取扱いを受けるという効果が生ずるが、この効果の発生によって優先権主張は目的を達し、事後は、第二国出願に吸収されその一部となるとしたうえで、出願変更前に、もとの実用新案登録出願について優先権主張がなされていたとしても、それは実用新案登録出願限りの効力を有するにすぎないと主張するが、被告の主張の前提として意識されているのは、優先権主張により新規性等の判断において有利な取扱を受けるという通常の例だけであり、出願の分割、出願変更という特殊な場合を射程距離においた議論ではない。通常の事例のみを考慮して建てた概念を特殊な事例に当てはめようとするのは誤りである。

(3) 被告は、意匠法一〇条の二第三項ただし書の趣旨につき、同項本文により新たな出願の出願日が遡及すると、優先権主張及び最初に出願等をしたパリ条約の同盟国の認証がある出願の年月日を記載した書面等(以下「優先権証明書等」という。)の提出に不都合が生ずるからこれを避けたものであるとし、優先権主張の時期及び優先権証明書等の提出期限の起算点を新たな意匠登録出願時であると主張する。

しかし、被告の解釈によると、優先権主張の時期及び優先権証明書等の提出期限の起算点が出願時でなくともよいことになるだけであり、法律上その時期の定めは全くない。また、被告の解釈に従えば、特許法四六条一項(平成五年法律第二六号による改正前のもの、以下同じ。)による実用新案登録出願から特許出願への出願変更についても、新たな特許出願にかかる優先権主張及び優先権証明書等の提出を要することになろう。しかし、優先権証明書等の提出期限は第一国の出願の出願日等から一年四月とされているところ(同法四三条二項、平成五年法律第二六号による改正前のもの、以下同じ。)、現実には、第二国たる我が国における出願は、第一国出願から約一年後になされることが大部分であり、しかも、出願後四か月以内に審査が行われることは実務上皆無であって、実際に出願変更の必要が生ずるのは、第一国出願の出願日等から一年四か月以上経過した後であるから、仮に被告がこの場合にも同法四三条二項が適用されるとするのであれば、実際上、期限内に優先権証明書等を提出することはありえないことになって不都合である。仮に、被告が同法四六条五項で準用される四四条二項ただし書(いずれも平成五年法律第二六号による改正前のもの、以下同じ。)により優先権証明書等の提出期限が第一国出願の出願日等から一年四月に限られないとするのであれば、法律上、その場合の提出期限を定めた規定が存在しないことになる。なお、被告の指摘する意匠法施行規則一一条二項、特許法施行規則三一条三項(いずれも平成五年通商産業省令第七五号による改正前のもの、以下同じ。)は、特許法四三条一項、意匠法一〇条の二第三項に違反するものであって、無効である。

(4) 被告は、パリ条約が、第一国の最初の出願が実用新案登録出願であり、これを第二国に意匠登録出願したときに、その優先期間を意匠について定められた優先期間としているのは、このような場合にも第一国の出願が実用新案であることによりその優先期間を一二か月とすると、他の意匠登録出願の場合と均衡を欠くから、意匠登録出願の優先期間である六か月に合わせる趣旨のものであり、この趣旨に照らせば、本件の出願変更のような場合においても、その優先期間は六か月と解すべきであると主張する。

しかし、パリ条約が意匠登録出願についての優先期間を六か月としたのは、出願人の利益と第三者の利益の調和を図ったものであるが、第二国における最初の出願を基として、出願変更あるいは出願の分割をするような場合には、既に第二国における出願が存在するのであるから、第三者の立場が不安定に置かれることはなく、その利益を保護するという問題は生じない。また、現実に出願変更や出願の分割は、最初の出願から長年月を経てなされるものであり、そのような日時の経過を要するのに、優先期間を一二か月から六か月に短縮することが妥当であるという解釈は誤っている。

なお、パリ条約四条G(1)は、特許出願の分割につき、一二か月の優先期間の経過にかかわらず、分割された出願について優先権の利益を保有する旨を定めるが、これは上記のような事情を考慮したものであり、その趣旨は、実用新案登録出願及び意匠登録出願に関する第二国における出願の分割や出願変更の場合にも参考とされるべきものである。

第四  被告の反論の要点

審決の判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。

一  意匠法一三条二項の出願変更については、同条四項により同法一〇条の二第三項が準用されているところ、原告は、同項ただし書により、もとの出願において優先権主張書面を特許庁長官に既に提出してある出願人は、改めてかかる書面を提出することなく、変更された意匠登録出願についても優先権主張の利益が維持されているものと主張する。

しかしながら、意匠法一三条二項の出願変更に伴う意匠登録出願は、もとの実用新案登録出願がその同一性を維持しつつ出願形式のみを変更するものではなく、もとの実用新案登録出願とは別個独立の新たな出願であって、したがって、出願の日がもとの実用新案登録出願の日まで遡及するという効果が付与されるほかは、もとの実用新案登録出願について既に生じた手続きの効力が、そのまま変更後の意匠登録出願に承継されるものではない。このことは、出願変更があったときは、もとの実用新案登録出願が取り下げられたものとみなされ(同法一三条四項、一一条二項)、また、もとの実用新案登録出願に関する審査手続の経過とは無関係に、新たな意匠登録出願に対する審査その他一切の手続が進められることからも明らかである。

また、パリ条約に基づく優先権を主張しようとする者は、意匠登録出願と同時に優先権主張書面を特許庁長官に提出し(意匠法一五条一項、平成五年法律第二六号による改正前のもの、以下同じ。特許法四三条一項)、かつ優先権証明書等を意匠登録出願の日から三月以内に特許庁長官に提出しなければならない(意匠法一五条一項、特許法四三条二項)が優先権主張の法的性質は、出願とは別個に、かつこれに付随してなされる優先権の利益を享受したいとの要式行為たる単独の意思表示と解すべきものである。そして、優先権主張により、先後願関係及び新規性等の判断において、第二国出願が第一国出願の日になされたものとする取扱いを受けるという効果が生ずるが、この効果の発生によって優先権主張は目的を達し、事後は、第二国出願に吸収され、その一部となる。

そうすると、出願変更前に、もとの実用新案登録出願について優先権主張がなされていたとしても、それは実用新案登録出願にかかる利益享受の手続であり、実用新案登録出願限りの効力を有するにすぎないというほかはなく、その効果が実用新案登録出願とは別個の新たな手続である意匠登録出願に継続するものと解することはできない。

ところで、意匠登録出願についての優先権主張の手続は上記のとおりであるが、出願変更後の新たな意匠登録出願は、もとの実用新案登録出願のときにしたものとみなされる(意匠法一三条四項、一〇条の二第三項)ことから、優先権主張書面の提出時期及び優先権証明書等の提出期限の起算点としての意匠登録出願がもとの実用新案登録出願の日とされると、出願変更の制度が出願人の利益のために設けられたにもかかわらず、事実上、これを活用できない場合も生ずるので、同法一〇条の二第三項ただし書により、この場合に限って優先権主張書面の提出時期及び優先権証明書の提出期限の起算点を新たな意匠登録出願の時点としたものである。このことは、意匠法施行規則一一条二項、特許法施行規則三一条三項によって、出願変更の際、優先権証明書等に変更を要しないものであるときは、その旨を願書に表示してその提出を省略することができるとされていることによっても明らかである。

二  パリ条約は、特許及び実用新案の優先期間を一二か月、意匠及び商標の優先期間を六か月としたうえ(四条C(1))、優先期間は最初の出願の日から開始するものとしている(同条C(2))。すなわち、優先権は最初の出願によって発生するものとされており、その権利内容は権利の発生時において定められるべきものであるから、優先期間も最初の出願の種類が、特許又は実用新案であるか、あるいは意匠又は商標であるかによって定まるのが原則である。しかし、同条約は、第一国の最初の出願が実用新案登録出願であり、これを第二国に意匠登録出願したときには、例外として、その優先期間を意匠について定められた優先期間としている(四条E(1))。これは、このような場合にも第一国の出願が実用新案であることによりその優先期間を一二か月とすると、他の意匠登録出願の場合と均衡を欠くから、意匠登録出願の優先期間である6か月に合わせる趣旨のものである。もっとも、同条約四条E(1)は第一国の出願から第二国の出願の間の出願変更の場合に関するものであり、本件の出願変更のように、第二国の国内段階において実用新案登録出願から意匠登録出願への出願変更がなされた場合における新たな出願についての優先権に関しては同条約に特段の規定はない。しかしながら、この場合に、もとの実用新案登録出願は取り下げられたものとみなされ、出願として存在しているのは意匠を権利請求の対象とする意匠登録出願であり、上記のとおり、優先期間は最初の出願の種類によって定まるのが原則であるにもかかわらず、同条約四条E(1)がその例外として、第二国の出願が意匠登録出願であることによりその優先期間を他の意匠登録出願と合わせて六か月とした趣旨に照らせば、本件の出願変更のような場合においても、その優先期間は六か月であると解すべきであって、第一国の最初の出願の日から六か月以内にもとの実用登録出願をした場合に、出願変更後の意匠登録出願について優先権を主張できるものと解するのが相当である。

そうすると、第一国の最初の出願の日から六か月を経過した後にもとの実用登録出願がなされた出願変更後の本願意匠登録出願については、第一国の出願に基づく優先権が及ぶものではない。

第五  証拠《略》

第六  当裁判所の判断

一  原告が、昭和五七年五月一四日にスペイン国においてした実用新案登録出願に基づく優先権を主張して、昭和五八年五月一三日、名称を「音楽キャラメル」とする考案につき実用新案登録出願をした(同年実用新案登録願第七〇六四五号)後、平成三年五月三一日、同出願を意匠登録出願に変更して、意匠に係る物品を「笛付キャラメル」とし、形態を別添審決書写し別紙第一のとおりとする意匠登録出願(平成三年意匠登録願第一六〇〇八号)をしたことは、当事者間に争いがない。この事実によると、スペイン国の実用新案登録出願から我が国の実用新案登録出願までの期間は、六か月を超え、かつ一二か月以内であったことが明らかである。

原告は、実用新案登録出願から意匠登録出願に出願変更をした出願人が、もとの実用新案登録出願について優先権の主張を経ている場合には、出願変更に伴って改めて優先権の主張をすることなく、変更された意匠登録出願についても優先権主張の効力が維持されているものと解すべきであり、原告は出願変更前の実用新案登録出願について適法に優先権の主張をしたから、本願である出願変更後の意匠登録出願に対しても、昭和五七年五月一四日にスペイン国においてした実用新案登録出願に基づく優先権が及ぶものであるとして、本願意匠登録出願に優先権が及ぶものではないとした審決は取り消されるべきであると主張する。

しかしながら、以下のとおり、原告の主張は採用することができない。

二  我が国の意匠法は、特許出願又は実用新案登録出願から意匠登録出願への出願の変更(一三条一、二項)について、出願変更に係る新たな意匠登録出願は、もとの出願の時にしたものとみなすこととし、また、もとの出願は取り下げたものとみなすこととしている(一三条四項、一〇条の二第三項本文、一一条二項、なお独立の意匠登録出願と類似意匠登録出願間の出願の変更についても同旨、一二条)。これら規定の趣旨からして、我が国の意匠法上、出願変更に係る新たな意匠登録出願は、もとの出願とは別個独立の出願として取り扱うこととされていることは明らかである。なお、出願の分割においても、分割した新たな意匠登録出願は、もとの意匠登録出願とは別個独立の出願として取り扱うこととされていると解される(一〇条の二第一項、第三項)。

そして、このように出願の変更又は出願の分割の場合に、新たな意匠登録出願をもとの出願とは別個独立の出願として取り扱うこととしている法制度の下で、もとの出願がパリ条約(一九〇〇年一二月一四日にブラッセルで、一九一一年六月二日にワシントンで、一九二五年一一月六日ヘーグで、一九三四年六月二日にロンドンで、一九五八年一〇月三一日にリスボンで及び一九六七年七月一四日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約)に基づく優先権を主張して適法になされていた場合、この優先権主張の効力を、出願変更又は出願分割に係る新たな意匠登録出願に引き継ぐための手続をどのように定めるべきかについては、パリ条約上特段の規定はないものと認められるから、この点は、パリ条約加盟国が国内法において独自に定めることができるものというべきである。

この点につき、我が国の意匠法は、出願の変更につき一三条四項により出願の分割についての一〇条の二第三項を準用し、同項同文において、前示のとおり、出願の変更又は出願の分割に係る新たな意匠登録出願はもとの出願の時にしたものとみなすこととするとともに、そのただし書において、「第四条第三項並びに第十五条第一項において準用する特許法……第四十三条第一項及び第二項の規定の適用については、この限りではない。」と規定している。この規定の趣旨は、出願の変更又は出願の分割に際して、新規性喪失の例外規定(意匠法四条一項、二項)の適用を受けるための手続とともに、優先権を主張するための手続も、改めてなすべきことを前提として、その手続をなすべき時期については、出願の変更又は出願の分割に係る新たな意匠登録出願の日から起算して所定の期間内に行わなければならないことを定めているものと解すべきである。

三  上記の点に関し、原告は、意匠法第一〇条の二第三項ただし書の規定が、優先権主張書面を特許庁長官に提出しなければならないとした特許法四三条一項全体の趣旨を排除したもの、すなわち、改めて優先権主張をしなくともよい旨を定めたものであると主張する。

しかしながら、意匠法第一〇条の二第三項本文及びただし書の文言及び構造からみて、同項ただし書は、意匠法一五条一項で準用される特許法四三条一項等所定の規定の適用に関しては、出願の分割(又は出願の変更)があったときには新たな意匠登録出願はもとの意匠登録出願の時にしたものとみなすとする意匠法第一〇条の二第三項本文による効果を排除する趣旨を有し、かつそれ以上の意義を有するものでないことは明らかであって、同項ただし書が出願の分割(又は出願の変更)につき意匠法一五条一項で準用される特許法四三条一項の適用そのものを排除する意義を有するものとは到底解することはできない。

原告は、出願の分割又は出願の変更について、特許法四三条一項の適用を前提とするのであれば、当然その願書提出行為の際に優先権主張をすべきことになり、改めて優先権主張の時期についての特別の定めをする必要がないとも主張するが、前述のとおり、もとの出願においてされた優先権主張の効力を、出願の分割又は出願の変更に係る新たな意匠登録出願に引き継ぐための手続をどのように定めるべきかについては、我が国の国内法において独自に定めることができるものであり、我が国の意匠法は、この手続を前示のとおり定めたものであると解すべきであるから、原告の主張は採用できない。

したがって、意匠法第一〇条の二第三項ただし書が、特許法四三条一項全体の趣旨を排除し、改めて優先権主張をしなくともよい旨を定めたものであるとする原告の主張は採用できない。

四  以上のほか、もとの実用新案登録出願について生じた優先権主張の効力が、出願変更後の意匠登録出願に引き継がれるとするパリ条約上及び我が国法律上の根拠は存在しないから、我が国においては、出願変更に係る新たな意匠登録出願についても、改めて意匠法一五条一項で準用される特許法四三条一項及び二項(同項の優先権証明書等の提出期限は「意匠登録出願の日から三月」と読み替えられて意匠登録出願に準用される。)所定の優先権主張のための各手続を経なければならない(ただし、同条二項の優先権証明書等が変更を要しないものであるときは、その旨を願書に記載してその提出を省略することができる。意匠法施行規則一一条二項、特許法施行規則三一条三項。なお、右各規定が特許法四三条一項、意匠法一〇条の二第三項に違反するものであって無効であるとする原告の主張が理由がないことは、上叙の説示から明らかである。)。本件において、原告が出願変更に際して上記優先権主張のための各手続を経ていないことは、原告も明らかに争わないところである。なお、原告は、上述のように解するとすれば、特許法四六条一項による出願変更についても、新たな特許出願にかかる優先権主張及び優先権証明書等の提出を要することになり、その場合の優先権証明書等の提出期限は第一国出願の出願日から一年四月とされている(同法四三条二項)が、現実には、第二国たる我が国における出願は、第一国出願後約一年後になされることが大部分であり、しかも、出願後四か月以内に審査が行われることは実務上皆無であって、実際に出願変更の必要が生ずるのは、第一国出願の出願日から一年四か月以上経過した後であるから、期限内に優先権証明書等を提出することはありえないことになって不都合であると主張する。しかし、現実には、特許法施行規則三一条三項及び四項によって、優先権証明書等の提出自体を要しないことが少なくないと考えられるし、仮にそうでないとしても、特許出願にかかる優先権主張には、本来時期的な制限があることと対比すれば、出願変更に伴う特許出願についても、優先権を確保するための時期的な制約があることはやむをえないものというべきである。

五  次に、出願変更に係る新たな意匠登録出願につき、もとの実用新案登録出願における優先権主張の効力が引き継がれるための優先期間について検討する。

パリ条約は、四条C(1)により、優先期間を実用新案については一二か月、意匠については六か月と定める一方で、同条E(1)により、いずれかの同盟国において実用新案登録出願に基づく優先権を主張して意匠登録出願をした場合には、優先期間は意匠について定められた優先期間(すなわち六か月)とする旨を定め、これらの優先期間は最初の出願の日から開始するものとしている(同条C(2))が、本件の場合のように、第一国の実用新案登録出願に基づく優先権を主張して第二国に実用新案登録出願をした後、これを意匠登録出願に出願の変更した場合の優先期間については、特段の規定を置いていない。

しかし、同条E(1)の規定の趣旨は、同条C(1)が、第一国出願における出願が特許、実用新案、意匠、商標のいずれに係るものであるかによって、優先期間が定まることを原則としながら、第一国への出願が実用新案登録出願であっても、これに基づく優先権主張の効力を享受するものとしてなされた第二国での出願が意匠としての保護を求める出願である場合には、その優先期間は、同条C(1)に原則として定められている意匠についての優先期間とすることが相当であるとしたものと解される。この規定の趣旨からすると、優先権を主張してされた第二国への出願が当初は実用新案登録出願であっても、これを意匠登録出願に出願変更し、意匠としての保護を求める出願とした以上、この出願が享受できる優先期間は、同条C(1)に原則として定められている意匠についての優先期間と解するのが相当である。このように解することは、第一国の実用新案登録出願に基づき、我が国に意匠登録出願をしようとする場合に、一旦実用新案登録出願をして意匠登録出願に出願変更することにより、同条E(1)の規定するところを実質的に潜脱することを防止する上でも相当である。

このことからして、本件の出願変更に係る新たな意匠登録出願がもとの実用新案登録出願についての優先権主張の効力を引き継ぐためには、スペイン国(第一国)の実用新案登録出願から六か月以内のもとの実用新案登録出願がされていたことが必要であるというべきであり、原告がスペイン国の実用新案登録出願をしてから、もとの実用新案登録出願をするまでの期間が六か月を超えていた本件においては、出願変更に係る新たな意匠登録出願について、もとの実用新案登録出願についての優先権主張の効力が引き継がれるものとすることはできないといわなければならない。

原告は、パリ条約が意匠登録出願についての優先期間を六か月としたのは、出願人の利益と第三者の利益の調和を図ったものであるが、第二国における最初の出願を基として、出願変更あるいは出願の分割をするような場合には、既に第二国における出願が存在するのであるから、第三者の立場が不安定に置かれることはなく、その利益を保護するという問題は生じないことをその主張の根拠とするが、パリ条約四条C(1)、同条E(1)についての前示説示からして、原告の主張は採用できない。また、原告は、現実に出願の変更や出願の分割は、最初の出願から長年月を経てなされるものであり、そのような日時の経過を要するのに、優先期間を一二か月から六か月に短縮することは誤っているとも主張するが、意匠登録出願への出願変更に関しては、もとの出願が第一国出願等から六か月以内になされている限り、もとの出願から出願変更までの日時の経過は優先期間の遵守に直接影響を及ぼさないことは上叙の説示から明らかなところであるから、原告の右主張は当を得たものということはできない。

六  以上のとおりであるから、本件については、出願変更に際して、原告が意匠法所定の優先権主張のための手続を経ていないことからしても、また、出願変更に係る新たな意匠登録出願が享受できる優先期間内にもとの実用新案登録出願がなされていないことからしても、本願につき優先権主張の効力が引き継がれたものということはできないものと解するほかはない。

原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水 節)

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